戦前の航空機開発において革新的な成果をもたらした試験装置
文=古峰文三(歴史群像2020年12月号)
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通称「ゲーリング航空研究所」として知られるドイツ航空研究所で風洞試験準備中のBf-109メッサーシュミット戦闘機。壁にはナチスの紋章が描かれ、『ドイツは空を制し、世界を征す』という趣旨のスローガンが書かれている。約4㎢に及ぶ広大な敷地に60棟の建物と1500人の研究者・従業員を擁したこの研究施設は、上空から見えないようによく偽装され、終戦までついに空襲を受けることもなかった。一部の設備は戦後も様々な研究のために引き続き使用された。
風洞の誕生理由と航空技術
対象を空気の流れの中に置いてその影響を観測する風洞実験の有効性は、飛行機登場以前から理論的には認知されていたが、飛行機の発明によって大きく発展した。ライト兄弟が手作りの風洞的な実験装置を用いて製作中の飛行機の特性を事前に知ろうと試みたように、飛行機製作に風洞設備は欠かせない存在ともいえる。
原始的な風洞実験設備が著しく進歩したのは第一次世界大戦だった。大量に作られた軍用機の中には飛行特性に問題のある機体が多くあり、兵器として安全に使用するための安定性を、設計段階で確認する必要があったからだ。そのための実験設備として風洞の価値は大きく、設備自体も以前の開放式風洞から密閉式へと進化し、機体の設計に有益なデータを提供するようになっていった。
風洞は機体全体の特性を見るだけでなく、同時に、飛行機に揚力を与える主翼の翼型(断面型)の研究にも無くてはならない設備となっていった。翼型研究において注目されたのは、以前から理論的に知られていたレイノルズ数(慣性力と粘性力の比)の問題だった。つまり、空気そのものに粘性があるため、まったく同じ形状の物体であっても大きさによってそれを取りまく空気の流れが大きく変わり、また、縮尺模型を用いた実験で得られた結果が、実物で発生するものと大きく異なる場合があることが再認識されるようになったのである。
とくに一九三〇年代に入り、翼と接する部分の空気の流れである境界層が注目されるようになり、境界層が乱流に遷移する位置をできるだけ主翼の後方部分に持って行き、揚力を増大させ、効率が良く抵抗の小さい高速機に適した翼型として層流翼型の研究が大きく進み始めてからは、境界層のより精密な観測のため、レイノルズ数の影響のない実物大の実験対象を観測できる実大風洞が求められるようになった。こうした大型の風洞設備はドイツのゲッチンゲン大学での研究が世界をリードし、続いてアメリカでは」NACA※注1(国家航空諮問委員会)が実大風洞を建設して境界層研究を進展させ、P-51マスタングに採用された層流翼型を生み出すに至った。
古典的なファンによる送風式風洞は構造により開放型と密閉型(回 流型)の大きく二つに分けられ、前者は“エッフェル型”、後者は“ゲッチンゲン型”とも呼ばれる。それぞれに、測定部を送風機の後方 に配置する「吹き出し式」と、前方に配置する「吸い込み式」、および併用型が存在し、一長一短がある。
ドイツ航空研究所の風洞は1939年から運用が開始され、V-1飛行爆弾 V-2ロケットの推力試験も行われた。
1931年から運用され始めた、NACAのフル・スケール(実大)風洞試験装置。この写真は1938年の撮影で、登場間もない単葉・引込脚のブリュースターF2A(「バッファロー」)戦闘機が装置に据えられている。
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