第二次大戦勃発時、アメリカは自国の下腹にあたる中南米諸国に対し、戦前から行っていた様々な干渉をより強化し、連合国側に立っての参戦を求めていった。だが、戦前からのドイツの影響力は根強く、その払拭は容易ではなかった。この両国の狭間で、中南米諸国が見せた動きとはどのようなものだったのだろうか。
文=山崎雅弘(歴史群像2020年4月号)
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アルゼンチンは終戦間際まで親独姿勢を貫き、貿易にとどまらず軍にもドイツ式の訓練や軍装を導入していた(上右)。北イタリアに派遣されたブラジル遠征軍の兵士たち。アメリカから兵装、車両を供されていた(上左)。太平洋戦域に派遣されたメキシコ空軍第201飛行中隊のパイロットたち(下右)。対米関係を重視したブラジルのヴァルガス大統領/中央の人物(下中)。対Uボート戦を戦ったブラジル海軍駆逐艦『マランハオ』(下左)。
ラテンアメリカ諸国はどう動いたか
南北アメリカ大陸とその近隣にある国々は、イギリスとの繋がりが深いアメリカ合衆国とカナダは「アングロアメリカ」、それ以外は「ラテンアメリカ」と分類されることが多い。
厳密には、ラテンアメリカとはスペインやポルトガル、フランスなどのラテン系言語を用いる国や地域(非独立地域)を指す用語で、イギリス統治下にあるカリブ海の島々や南米の英領・蘭領の各ギニアなどは除外されるが、日本語の「中南米」という言葉はラテンアメリカと同様、アメリカ合衆国とカナダを除く南北アメリカと周辺の島々を指して用いられる。
南北アメリカ大陸は、第二次世界大戦の二つの主要戦域、すなわちヨーロッパ戦域とアジア・太平洋戦域の両方から遠く離れていたこともあり、大西洋ではドイツ海軍のポケット戦艦『アドミラル・グラーフ・シュペー』の南米ラプラタ河口での自沈※注1やドイツ海軍の潜水艦(Uボート)による中立国の商船撃沈などの出来事が発生していたものの、各国の領土が直接的な形で戦火に晒されることはなかった。
そのため、第二次大戦に関する文献では、戦時期における中南米諸国の動向について、言及されることはほとんどない。
だが、実際にはこれらの国々もさまざまな形で第二次大戦、とりわけアメリカ合衆国と枢軸国の政治的・軍事的な戦いの影響を被っており、メキシコは太平洋戦域に、ブラジルはイタリア戦域に、それぞれ小規模ながら戦闘部隊を派遣して、連合軍側で第二次大戦を戦った。また、アメリカの領土だったプエルトリコでは、六万五〇〇〇人の青年がアメリカ軍の兵士となり、パナマと西インド諸島の防衛的任務に就いていた。
日本とドイツの敗戦が濃厚となった一九四五年の初頭には、比較的「枢軸国寄り」と見られていたアルゼンチンを含め、中南米の全ての国が日独に宣戦布告を行った。そして、第二次大戦が終わった後、ドイツの元ナチス親衛隊員など、戦犯として訴追される恐れのある者が、偽造パスポートを使ってアルゼンチンなどの南米へと逃亡した。
それでは、第二次大戦の期間中、中南米諸国は連合国と枢軸国の狭間で、いかなる態度をとったのか。メキシコ軍とブラジル軍の派遣部隊は、前線でどんな任務を遂行したのか。そして、ナチスの残党の多くはなぜ、アルゼンチンを逃亡先に選んだのだろうか。
注1:1939年12月13日にアルゼンチンとウルグアイの国境を流れるラプラタ川の河口沖で発生した海戦で、ドイツ海軍の『アドミラル・グラーフ・シュペー』が損傷し、翌14日に中立国ウルグアイのモンテビデオ港に入港した。だが、イギリスの圧力を受けたウルグアイは、72時間以内の退去を要求、『シュペー』は12月17日に港を出たのち、沖合で自沈した。

《第二次大戦勃発時の中南米諸国の立ち位置》
ドイツに接近していた戦前の中南米諸国
ヨーロッパでファシズム勢力(ドイツ、イタリア)が隆盛し、アジアでは大日本帝国が大陸での勢力圏を拡大していた一九三三年、アメリカ合衆国(以下アメリカと略)大統領に就任したフランクリン・ローズヴェルトは、中南米諸国に対して「善隣外交(グッド・ネイバーズ・ポリシー)」と呼ばれる融和政策をとり始めた。
中南米諸国、とりわけスペイン語圏やポルトガル語圏の国では、一八九八年の米西戦争後※注2にアメリカが中南米諸国に対して行った数々の軍事介入(いわゆる「バナナ戦争」)が原因で、大国アメリカの横暴への不信感と反発が根強く存在していた。
例えば、中米のニカラグアでは、同国の内戦に干渉する形で一九一二年と一九二七年にアメリカ海兵隊が上陸して現地の親米勢力を武力で支援したほか、さまざまな形で軍事面と政治面での干渉を行い、実質的にアメリカの支配下に置き続けていた。また、キューバやドミニカ、ハイチ、ホンジュラス、パナマにも軍事介入を実施し、第一次大戦の前後には、移民の流入などを理由にメキシコとの間で国境紛争を繰り返した。
ローズヴェルトは、中南米諸国との関係の長期的な安定というアメリカの国益を鑑みれば、自国が撒いた対立の火種を早急に消していく必要があると考えたのである。
だが、前記したようなアメリカの自国利益を優先した傲慢な振る舞いは、中南米諸国の関心を自然とヨーロッパへと向ける結果となっていた。とりわけ熱心に、中南米諸国との関係構築に乗り出したのがドイツで、アメリカと異なり相手国と対等な条件の貿易協定を結んで輸出入を行うドイツに対する中南米諸国の好感は急速に高まった。
ドイツとメキシコ、ブラジル、アルゼンチンの貿易規模は、一九三〇年代に入って急増※注3し、中南米諸国の各種インフラの整備にも、ドイツ人やドイツ企業が深く関わった。中でも各国の発展で大きな役割を担ったのが航空機による人と物資の輸送ルートの開拓だったが、ドイツは中南米諸国における航空路線の創設と整備に大きく貢献した。
南米で最初の航空会社は、一九一九年に現地のドイツ人がコロンビアで設立した「コロンビア=ドイツ航空公社(SCADTA※注4)」で、陸上の飛行場ではなく同国のカルタヘナ付近を流れるマグダレナ川を離発着する形で、ユンカース社製の水上機を運用した。同社の資金とパイロットは、第一次大戦後のドイツが提供したが、当時のドイツはヴェルサイユ条約で空軍を持つことを禁じられていたため、これらの中南米の民間路線で経験を積んだパイロットが再軍備後にドイツ空軍のパイロットになる場合もあった。
注2:カリブ海のキューバとアジアのフィリピンを舞台に行われた、アメリカとスペインの戦争。詳しくは、本誌第90号掲載の拙稿「米西戦争」(アマゾン Kindle版電子書籍版『米西戦争』https://www.amazon.co.jp/dp/B00DHJ3V34)を参照。
注3:ブラジルの場合、ドイツとの貿易額は1933年から1938年までの5年間で2倍に増加した。
注4:SCADTA = Sociedad Colombo-Alemana de Transportes Aereos。

ブラジルの防衛に神経を尖らせたアメリカ
六年後の一九二五年には、ボリビアでも「ボリビアのロイド航空(LAB※注5)」が設立され、ボリビアの諸都市から、アルゼンチン、ウルグアイ、チリ、ブラジル南部を結ぶ路線で、ユンカースの旅客機を運用した。
一九二七年には、ブラジルでドイツのルフトハンザ航空の子会社「コンドル組合※注6」が、リオデジャネイロとその他のブラジル諸都市を結ぶ路線で事業を開始し、のちにウルグアイとアルゼンチンへと路線を拡大した。ルフトハンザは、エクアドルでも「エクアドル=ドイツ航空輸送公社(SEDTA※注7)」を一九三八年に設立した。
こうして、一九三〇年代の中南米諸国では、ドイツ系の航空会社や現地の企業に雇われた、ドイツ人パイロットの操縦するドイツ製の飛行機が飛び回る状況が出現していた。アメリカに対する不信感や敵意とは対照的に、ドイツへの好意を強めていった中南米諸国では、当然のことながら軍事分野でも、ドイツの助けを得たいという考えが広がっていった。
ブラジルでは、国防計画の立案に必要となる、広大な領土の正確な地図がまだ作成されていなかったため、一九三四年にドイツ系の航空会社に航空写真の撮影を依頼した。これを受けて、ドイツ人パイロットの操縦する飛行機がブラジル全土の隅々まで写真に収めたが、それは同時に、ブラジルの詳細な地理情報をドイツが得たことを意味していた。
この動きを知ったアメリカは、ドイツが中南米への軍事的進出の足掛かりとしてブラジルを利用するのではないかという懸念を抱いた。もしブラジル国内にある飛行場にドイツの軍用機が展開すれば、そこからアメリカ経済の重要な急所とも言えるパナマ運河を爆撃することは容易だからである。
一九三九年九月、ドイツ軍のポーランド侵攻と共にヨーロッパで第二次大戦の幕が開くと、中南米諸国に対するアメリカ政府および国民の関心はさらに増大した。
当時のある世論調査によれば、ドイツ軍と戦うためにヨーロッパにアメリカ軍を派兵することに賛成のアメリカ国民は、わずか五パーセントだったが、七二パーセントの国民は隣国キューバを守るためにアメリカ軍は戦うべきだと回答し、ブラジルやチリ、その他の南米の国を守るために派兵すべきと答えた国民も五三パーセントに達した。
そして、ドイツ軍がオランダとフランスを征服した一九四〇年六月には、アメリカ人の八四パーセントが「アメリカはパナマ運河を脅かす位置(南米大陸北部)にある英蘭仏三国の領土(ギアナ)を守るために戦うべきか」という問いに「イエス」と回答した。
ローズヴェルトは、同年九月二日にイギリスとの間で、アメリカの駆逐艦五〇隻のイギリスへの売却と、イギリス軍が海外に持つ基地の使用権獲得という交換協定を結び、カリブ海の西インド諸島にあるイギリス統治下の島(バハマ、ジャマイカ、トリニダード・トバゴなど)と英領ギアナの基地をアメリカ軍が利用できる環境を整えた。
注5:LAB = Lloyd Aereo Boliviano
注6:Syndicado Condor
注7:SEDTA = Sociedad Ecuatoriana Alemana de Transportes Aereos
