WWⅡ 美術品争奪戦

WWⅡ 美術品争奪戦

美しき戦利品をめぐる各国の思惑と知略

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ナチスドイツの収奪したユダヤ人資産、渉猟の魔の手から逃れたフランスやイタリアの名品、破壊されたロシアの至宝。それらの奪還と逆襲に燃えるソ連軍、救出を謳い先回りするアメリカ軍、それぞれの力を尽くした戦い。

文=山崎雅弘(歴史群像2017年10月号)

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背景の写真は、1937年、ミュンヘンで開催された大ドイツ芸術展におけるヒトラーとゲーリング。(上右)1945年4月、メルカースの岩塩坑に隠された略奪美術品を調査中のアイゼンハワー、パットン、ブラッドレーら米軍首脳。(上左)大戦中は丁寧に梱包されて疎開、ナチスドイツから隠し通すことに成功したルーブル美術館所蔵の「モナリザ」。

戦火を生き延びた名画と失われた名画

パリのルーブル美術館やオルセー美術館、ウィーンの美術史美術館、そのほか世界中の名だたる美術館には、人の一生をはるかに越える長さで受け継がれてきた、数々の名画や名作が展示されている。各国の美術史家によって画家や彫刻家の特徴が研究され、個々の作品が制作された動機や、当時の時代背景に関する逸話を、我々は観賞しながら知ることができる。

二十世紀に入り、ヨーロッパが二度にわたる大戦争に見舞われた時、それらの美術品は征服者による強奪の対象となり、戦火の中でたびたび破損や焼失の危機に瀕していた。レオナルド・ダ=ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロ、カラバッジョ、フェルメール、レンブラントなどが手がけた、現在の日本でも高い人気を博する傑作の数々は、一時的に欧州の覇者として君臨したアドルフ・ヒトラーの手中に入った。

そして、第二次大戦末期にドイツの敗色が濃厚になると、ドイツの支配下にある美術品は、古城や岩塩坑、高射砲塔などに隠されたが、その一部は不運にも爆撃や火災で灰になり、一部は行方不明となって人々の前から姿を消してしまった。

だがそれでも、国籍を越えて「人類の遺産」を守ろうとした人々の努力と計略により、数多くの貴重な美術品が第二次大戦という苛酷な試練を乗り越えることに成功し、現代の人々の目と心を愉しませている。ヒトラーとナチ・ドイツは滅びたが、彼らに奪われた美術品の大半は、滅びることなく、再び美術館に飾られる時を迎えたのである。

本稿では、第二次大戦という巨大な戦争の中で、軍事とは別の次元で繰り広げられたナチ・ドイツと連合国の戦い、すなわち「美術品の争奪戦」について、俯瞰的に読み解いてみたい。美術館や展覧会で多くの観衆を魅了する有名な西洋絵画が、かつてヒトラーやその美術品蒐集におけるライバル、ヘルマン・ゲーリングの所有物であったことを知れば、今までとは違った角度から、第二次大戦の一側面を理解できるかもしれない。

究極の殿堂「リンツ美術館」を夢見たヒトラー

美術品マニアだったヒトラーとゲーリング

のちにドイツの独裁者となるヒトラーが、青年時代に画家志望だったことはよく知られている。ブラウナウというオーストリアの地方都市で生まれた彼は、少年時代をリンツで過ごしたあと、首都ウィーンの国立芸術アカデミー美術学校を受験した。だが、二度とも不合格となり、風景画や絵はがきなどを描きながら、しばらくウィーンで暮らした。

一九三三年にドイツの最高権力者「総統」となり※注1、著書『わが闘争』の印税や自らの肖像入り切手の付加税収入などで蓄えた個人資産を使えるようになると、美術品への関心は、再び彼の生活において一定の比重を占めるようになっていった。

ヒトラーの「美術愛好仲間」の一人は、専属写真家で古い友人のハインリヒ・ホフマンだったが、その愛人とされる画商のマリア・ディートリヒは、ヒトラーの好みに合う風景画などを精力的に取りそろえ、最終的に二七〇点もの絵画を総統に売却した。ただし、当時のドイツ美術界では、画商としてのディートリヒの評判は芳しくなかった。彼女が扱う絵は二流以下と見なされる作品ばかりで、多くの贋作も含まれていたからである。

一方、ナチ・ドイツで実質的にナンバー・ツーの地位を獲得していた空軍元帥のヘルマン・ゲーリングも、ヒトラーの「美術愛好仲間」だったが、スウェーデン貴族の娘と結婚して華々しい社交界にも顔を出していた彼は、内外の一流の美術品を個人的に集める趣味に資産を注いでいた。亡くなった妻の名にちなんで「カリンハル」と名付けられた別荘に展示された彼のコレクションは、ヒトラーの手許にある品々よりはましだったが、それでも専門家が見れば「巨匠による傑作の間につまらない駄作が混じる」という代物だった。


注1:ヒトラーは母国のオーストリア=ハンガリー帝国で兵役に就くことを嫌い、1913年にドイツ帝国のバイエルンに移住したあと、ドイツで軍に志願して第一次大戦に従軍。首相となる前年の1932年2月25日に正式にドイツ国籍を取得した。

ゲーリングの別荘「カリンハル」の応接間。壁には数々の収集美 術品が調度されている。