将兵の命をあずかる海軍軍医その任務の実態は意外にも知られていないレイテ沖海戦に参加した若き軍医の眼を通して見る"血で血を洗う"戦場医療現場の実相
文=手塚正己(歴史群像2019年4月号)
【タイトルバック画像】
(上)『武藏』の檣楼。同艦はレイテ沖海戦において、シブヤン海の水面に消えた。(左上)将兵に予防接種を行う軍医(左白衣)と看護兵(中央白衣)。隊内の衛生や防疫も軍医の仕事である。(下)レイテ沖海戦に参加した駆逐艦『清霜』。
戦艦と駆逐艦に乗り組んだ軍医二人の奮戦記
将兵の命をあずかる海軍軍医その任務の実態は意外にも知られていないレイテ沖海戦に参加した若き軍医の眼を通して見る"血で血を洗う"戦場医療現場の実相
文=手塚正己(歴史群像2019年4月号)
【タイトルバック画像】
(上)『武藏』の檣楼。同艦はレイテ沖海戦において、シブヤン海の水面に消えた。(左上)将兵に予防接種を行う軍医(左白衣)と看護兵(中央白衣)。隊内の衛生や防疫も軍医の仕事である。(下)レイテ沖海戦に参加した駆逐艦『清霜』。
軍隊というのは、自己完結型の組織である。例えば善行をしたり勲功を挙げたりすると、勲章や賞辞が授与される。反対に悪いことをした者は軍法会議にかけられて、有罪なら海軍刑務所に、極刑なら死刑に処される。このように軍隊では、刑罰だけでなくすべてのことが外部の手にゆだねることなく、軍組織の中で処理される仕組みになっている。
医療に関して言えば、各地に伝染病の予防や根絶、傷病者の治療のための病院や治療所、療養施設があるが、海軍の場合だと、陸上の医療施設だけでなく、船体の大小にかかわりなく、ほとんどの艦船に軍医や看護兵が配属されている。
本稿には二人の軍医が登場する。一人は世界最大と称される戦艦に、もう一人は駆逐艦という小さな艦に乗り組んでいた。彼らの体験を通して、艦内での医療業務と、戦闘時における負傷者治療の実際を描いていきたい。
昭和十五年(一九四〇)、細野清士は慶應義塾大学医学部一学年の時、海軍軍医科委託生に応募し、同年七月一日に採用された。海軍委託生というのは、大学卒業と同時に海軍軍医として奉職すると約束した者で、在学中は毎月四十円の手当が付与された。昭和十九年(一九四四)の巡査の初任給が四五円だったから、それと比べてもけっして低くない金額だった。
